HiFi Clubのコラムを翻訳掲載

オーディオスペックの虚像・T.H.D(Total Harmonic Distortion、全高調波歪率)-第1回

個人的にはオーディオの仕様の中で最も問題になりやすいと考えている項目が、全高調波歪率と訳されるT.H.D(Total Harminic Distortion)です。

機器に単一周波数の正弦波を入力した時、出力信号に含まれる高調波成分のレベルの合計と出力信号レベルとの比を百分率で示したものをいう。例えば、10倍の利得を持つアンプに1V(ボルト)の正弦波信号を入力した場合、出力には10Vの正弦波だけが出てくるのが理想だが、実際にはアンプ内部で発生する変形などで入力信号の2倍、3倍…の周波数となる高調波成分が出力される。これらの高調波成分のレベルを合わせて、元の出力信号レベル(ここでは10V)との比をパーセントで表したのが全高調波歪率である。したがって、高調波成分の合計を1Vとすれば、このアンプの前校長は歪率は1÷10×100=10(%)となる。 一般的に歪率というのは、ほとんどが全高調波歪率を言い、アンプ性能の基準に使われる。

まとめると、「アンプが増幅すると高調波成分が発生し、その成分を数値で現したのがT.H.D(Total Harmonic Distorton、全高調波歪率)であり、アンプ性能の基準に使われる」となります。グラフにすると以下になります。

▴THDを周波数(X軸)と増幅度(Y軸)にしたグラフ
最初に出てくる2次倍音が強く、順に次第に小さくなる。

上のグラフのように、アンプが増幅しながら、元の音(入力信号)に付加されるのが高調波(倍音)です。

トランジスタアンプ

発明者にノーベル物理学賞が与えられたTRは、真空管のスイッチングと増幅機能を非常に小さなサイズにした素子です。更に発展を続け、現代の半導体に続いています。

トランジスタアンプ[transistor amplifier]
増幅素子にトランジスタを使用したアンプ。ICを利用したアンプも、ICの中身はトランジスタなので、結局はトランジスタアンプである。 この全てを「ソリッドステートアンプ」という。真空管アンプに比べて電力の利用効率が高く、小型軽量で、時間が経過することによって発生する性能の変化(劣化)が少ないことと、大量生産しやすいため価格を下げることができるのが大きな特徴である。
電気的な特性として、電流が増幅するために回路のインピーダンスが全体的に低く、出力トランスが不要だが、歪みが多く、成分に奇数次の高周波を多量に含むため、なんらかの対策をしなければオーディオには使用できない欠点もある。しかし回路設計を適切に行い、具体的には多量のネガティブフィードバックをかければ実用上十分な歪み特性になる。

この説明から、「トランジスタは歪みが多く、成分に奇数次の高周波を多量に含んでいるため、なんらかの対策がなければオーディオには使用できない」ということです。TRを開発する際には、オーディオ用に使用すると考えてなかったので、音楽の倍音は全く考慮されてなかったのではないでしょうか。そしてオーディオで使ってみると、奇数次高周波(3次倍音)が発生し、オーディオに使うには難しい、という事です。

どのような対策か

上記のトランジスタアンプの対策の1つが、オーディオで最も使われているNFB(ネガティブフィードバック)などの回路です。ではここでNFBとは何かを知っておきましょう。

ネガティブフィードバック[negative feedback]
出力の一部を入力側に戻した時、最初の入力信号に対して逆位相(逆相)となっている場合をネガティブフィードバックという。ネガティブフィードバックによって出力を安定させることができるため、増幅器で周波数特性、振幅特性、位相特性を改善したいときに適している。

つまり、「アンプの増幅で高調波ノイズが発生し、それをT.H.Dと表記し、TRの場合はオーディオ用としては向かない奇数次の高調波が発生するため、NFBなどの対策が必要である。」と言う事です。

▴一般的なネガティブフィードバック回路

この図のようにNFB回路とは、出力側の信号を再度入力に入れて、高調波ノイズを除去します。NFBの場合、真空管でもTRでも増幅素子で発生する高調波ノイズを除去する用途の他に、外部干渉やノイズなどを取り除き、回路を安定的に動作させるので、アンプにほぼ必須な回路と言えます。(NFBの役割は他にもたくさんありますが、ここでは省略します)このNFBを経て、アンプで発生した高調波ノイズは除去されることになります。

ここまでは大きな問題はありません。私たちが一般的な常識で知っている内容です。それでT.H.Dが低いアンプが良いアンプという認識が一般的に知られています。それではここから、上記の内容がどのような問題を持っているのか調べてみます。

Harmonic(倍音)Harmonic(高調波)

T.H.D(Total Harmonic Distortion)で注目しなければならない単語があります。まさに「Harmonic」です。Harmonicという単語は音楽では「倍音」という意味で、電気では「高調波」という意味もあります。前回、倍音の話をする時、音楽で二次倍音(偶数次倍音)は和音であり、三次倍音(奇数次倍音)は不協和音としました。

しかし、T.H.Dは、単に2次や3次に発生する「高調波」だと同一視することが問題です。これは例えばメタノールとエタノールがあるが、それを無視してアルコール度数だけを表記してお酒とするのと同じだと極端に例えられます。もしT.H.Dを楽器でそのまま述べれば、豊かな倍音を出すストラディバリウスのようなバイオリンも、高調波が発生して高いT.H.Dになるだけです。

バイオリンの倍音

増幅素子の高調波(倍音)の特性

楽器ごとに倍音の特性が違うように、増幅素子も素子によって追加される倍音の特性が違います。2次倍音(ハーモニー)が主に発生する素子もあり、3次倍音が主に出る素子もあります。しかしT.H.Dは、それを規定していません。増幅素子の倍音特性が、なぜ重要な2次倍音、3次倍音で極端に違うかをもう一度調べてみます。

ピアニストが演奏中に「ド(C3)」を弾く時に、ミスして1オクターブ高い「ド(C4)」、2次倍音を軽く叩きました。しかし聴衆で気がつく人はほとんどいないでしょう。しかし、間違えて1オクターブ高い「ソ(G4)」、3次倍音を叩いたならば、誰でもピアニストのミスに気がつきます。2次倍音と3次倍音の違いはそれだけ大きいと言えます。

入力信号(ソース)の損傷

出力素子の高調波歪みを無くすために、NFB回路などを使用すると説明しました。出力を入力に入れなおして、間違(歪み)った高調波を除去し、クリーンな信号を作るということです。しかし、その過程を経て、本来の信号にあった音楽の倍音(Harmonic)などの微細な信号も共に無くなってしまう事になるのです。なぜなら、電気的には同じ高調波信号であるので、NFB回路には音楽の倍音なのか、出力素子で発生した高調波なのかを区別する方法がないからです。

NFBを経て、損傷する原音情報
NFBを経て、元の信号情報は損傷してしまいます。

もちろん、倍音が全て消えるわけではありません。NFB回路にかからない大きな信号(の倍音)は増幅されるが、人間の耳は非常に敏感な器官で、それらを人の耳が十分に認知して聞こえるということです。2次、4次、6次、8次の倍音が混ざった音と、2次、4次だけがある音楽とは、全く異なって聞こえるようになります。グランドピアノとアップライトピアノの音が違って聞こえる理由と同様です。

倍音、残響、余韻、アンビエンスなど、微細な情報が消えてしまってダイナミクスが低下し、音楽は退屈で硬くなってしまいって音楽性も低下し、音楽を聞いても疲れたり騒々しく感じる理由です。実際にこれが一番の大きな問題となります。過度なNFBで高調波ノイズを無くし、T.H.Dは低いが、音楽を再生するためのオーディオの性能に合致していないという事です。

この3つの誤りによって、T.H.Dは原音の再生を目指すオーディオの性能を評価する際には何の意味もない数字に過ぎないということです。そして「音楽の倍音と電気的な高調波は異なるものであって、T.H.Dの数値よりも高調波の成分がより重要で、元の信号に含まれる倍音情報が損傷されるかされないかが、より重要である。」という結論になります。

第2回に続きます。

3部作構成のBBCドキュメンタリーをNetflixで「CODE」と検索できます。
数学的に音楽の原理を説明し、倍音と騒音を区別するなど、この世界の全ての理を「数学」で解明するとても面白く有益なプログラムです。

更なる倍音の要素

その他にも、オーディオの倍音は様々な条件や要素との戦いです。スピーカーウーファーの逆起電力がツイーターに伝わると、倍音情報は歪曲されたり消えてしまうこともあるでしょう。パワーアンプ大容量トランスフォーマーの振動が非常に小さい信号を処理するプリアンプ回路に伝わり、微細な倍音情報を歪曲させてしまうことがあります。ソース機器のモーターで発生したノイズやコンピューターノイズによって倍音情報は損失し歪曲され、音は硬く荒れた平坦になってしまいます。

良い音質のために様々なオーディオチューニングを行います。電気ノイズを除去するために、シールドトランスを使い、オーディオラックとアンプ台を変え、ケーブル、電源コード、ルームチューニング材、スパイク台など、様々なチューニングを試みます。何を変えてもオーディオの音は変わります。サウンドが柔らかくなったり、クリアーになったり、中域が分厚くなったり、低域が固くなったり、多様に変化します。これも倍音領域の部分が変化するためです。振動を抑制して揺れた高域が向上するのは、基音が変わらなくても、消えたり歪曲された倍音付加が正しく出て音が豊かに自然になるためです。

オーディオの仕様を盲信し、メーカーなどが提示するスペックが良いオーディオ機器が良いと鵜呑みにするのは非常に危険です。それなら人間の可聴周波数帯域外の無駄な音を無くし、ファイル容量を大幅に減らしたMP3でもクラシック音楽の実演の感動をそのまま感じられなければなりません。しかしMP3にはクラシック音楽の倍音情報の大半が失われています。相対的にエネルギーが大きい倍音の一部分のみが入っているだけで、無限大の次数で発生する倍音情報はほとんど入ってないと考えられます。そのためMP3で聴くクラシック音楽は単純でつまらない音楽になってしまいます。

倍音、残響、アンビエンス、そしてマイクロダイナミクス

倍音、残響、アンビエンス、マイクロダイナミクスなどは、音楽に存在する非常に重要な要素であり、特にクラシック音楽では音楽的ニュアンスを活かす中心です。倍音は楽器で発生する音であり、残響は壁で反射される反射音であり、アンビエンスは私たちが会場で感じる雰囲気です。

この要素の共通点は、極めて小さな信号だということです。しかし他にもあります。倍音は演奏時に発生する音とレコーディング時にのみ録音される音であり、残響とアンビエンスはミキシング、マスタリングで追加できるという違いがあると言えるでしょう。さらにアンビエンスはAVプロセッサーにある音場モードなどで追加もできます。公演ライブ映像(DVDやブルーレイ)を見ると、CDよりも多く響きがあるように聞こえます。臨場感を増すためにリバーブ(残響効果)とアンビエンス効果を追加したからでしょう。しかしこれは実際の楽器の倍音とは関係の無い、ただディレイタイムの残響効果を加工しただけです。

このように倍音はハイファイオーディオと音楽に非常に重要な要素であり、この倍音の再生がどうかがオーディオサウンドで最も重要です。純粋な原音再生を目指すハイファイオーディオでは、レコーディング現場でそのまま録音された音楽の音と倍音、残響などがそのまま保存されて再現されなければなりません。 単に音色、好みだけでオーディオの音を評価するよりも、倍音の原理と役割を知って消滅や歪曲の無い、ありのままの倍音再生が完成度の高いサウンドを作り上げることができるキーファクターであると言えるでしょう。

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