DAC(デジタルアナログコンバーター)の目指すところは、結局はアナログサウンドです。
デルタシグマDACにアップサンプリングとローパスフィルター、R2R DACに96個の超精密抵抗(24ビットDACの場合)が入るのも、考えてみればデジタル信号を元のアナログ信号に最も近く復元するために、言葉を換えればデジタルノイズをできるだけ減らすためです。
今回のHiFiClub試聴会でウェーバーサシステムズのWDAC3Cは「本当にデジタル音源の音か?」と思うほどアナログに近い音を聞かせてくれました。
Dynavector DV-19X5 MKIIのMCカートリッジを装着したターンテーブルWell Tempered LabのAMADEUS MK IIと比較した結果、差はわずかでした。アナログの自然さとデジタルの正確性を兼ね備えた音でした。
INDEX
WDAC3C ファクトチェック
WDAC3Cは米国ESSのフラッグシップデルタシグマDACチップであるES9038PROを採用したDACで、RoonとUPnP/DLNAに対応するネットワークプレーヤーです。
LANケーブルさえつなげば、RoonでTIDALやqobuz、NASの音源を現存最上級のDACチップであるES9038PROでコンバートして聞くことができるということです。PCMは32Bit/768kHz、DSDはDSD512(22.4MHz)まで対応します。
でも、この程度だったら今回の試聴会でアナログプレーヤーとあえて比較することはできなかったでしょう。
WDAC3Cが他のRoon ReadyネットワークDACと異なる点は、
①ウェーバーサが独自開発したプロセッサーWAP
②ウェーバーサが独自開発したネットワークレンダラーボードとWNDRプロトコル
③そして完璧に近いほど完成度を高めたハードウェアスペック
です。
WAP : Waversa Audio Processor
まず、WAP(Waversa Audio Processor)です。WAPは文字通りウェイバーサがサイクロンチップでFPGA設計したプロセッサーですが、WDAC3Cには2つ搭載されました。
最初のWAPはI2Sで接続された全ての入力(ウェーバーサ独自開発USB入力、ネットワークレンダラー含む)の信号を受けて2番目のWAPに伝え、2番目のWAPは高解像度アップサンプリングによって原本信号を復元するアルゴリズムを処理します。そのためES9038PROの内蔵アップサンプリングフィルターはバイパスします。
そう、WDAC3Cが特別な点は、DACチップに内蔵された基本FIR(Finite Impulse Response)フィルターを使わず、ウェーバーサが独自開発したFIRフィルターとIIR(Infinite Impulse Response)フィルターを使って高解像度にアップサンプリングをするということです。
更にこの過程で、以前のモデル、初代のWDAC3が24Bit/368kHzでデータを処理したのに対し、WDAC3Cは32Bit/1.5MHzで処理することで、元アナログ信号により近いアップサンプリングデジタル信号を作り出すことになりました。
一言で言えば、WDAC3Cが以前のモデルよりさらに高精度で、より高速にデータを読み込んで原本信号を再現するということです。ウェーバーサでは、WAPのこのような信号復元アルゴリズムをレベル化しましたが、WDAC1がWAP レベル1、WDAC2がレベル3、WDAC3がレベル5、WDAC3Cがレベル9だそうです。
もちろんレベルが上がるほど時間差の実現が洗練され、音像とディテールが向上します。
目を引くのはウェーバーサの機器を組み合わせて接続すると、WAPレベルが上がるということです。例えばWAPレベル3であるWRouterとWNAS3をWDAC3Cと接続すると、合計でレベル15のWAPが完成します。
最後に、WAPで欠かせないのが音域帯チャンネル分離技術(WMLET. Waversa Multi-Layer Energy Transfer)です。
ご存知のとおり、ES9038PROは8チャンネルDACチップです。ところがWAPはデジタル段階で音楽信号を左右チャンネルそれぞれに高域、中高域、中低域、低域に4分割しES9038PRO8チャンネルに伝達します。
このように音域帯別に分離する理由は、8チャンネルを左右チャンネルだけで分けて活用する場合、音のエネルギーが中域帯だけに集中するためです。
WDAC3Cを試聴して特に帯域バランスが良かった理由が、まさにこのWMLET技術のおかげではないかと思います。
Eric Clapton – Wonderful Tonight
24 Nights
まずはエリック·クラプトンの「Wonderful Tonight」をRoon、qubuzの音源で聞きました。
まず、音に温かみがあり、音先がソフトということです。
個人的にはウェーバーサのDACが今まで音の先が少し強いという印象がなくはなかったのですが、この部分がきれいに消えたようです。以前よりも心地良い音を聞かせてくれます。
もう少し具体的には、歓喜する観客がはるかに遠く離れているほど空間感の具現が凄まじく、エリック·クラプトンのギター音が充実して感じました。
また、エリック·クラプトンが頭声で歌う姿と、声に若干の鼻音が混ざった姿が浮かびました。細かい倍音情報が充実したおかげでしょう。
WNDR : Waversa Network Direct Rendering
続いて、ウェーバーサ社が独自開発したネットワークレンダラーボードとWNDR(Waversa Network Direct Rendering)プロトコルです。
WDAC3CはLANケーブルを接続するだけでストリーミング音源やNAS音源を聞くことができるネットワークDACです。UPnP/DLNAやAirplay、Roonも直接再生できます。Roon再生は専用プロトコルであるRAAT(Roon Advanced Audio Transport)に対応しRoon ready認証を受けています。
WDAC3Cはウェーバーサが独自開発したオーディオ専用プロトコルであるWNDR(ソフトウェア)、そしてやはり独自開発したネットワークレンダラーボード(ハードウェア)で処理します。WNDRはバッファリングのない純粋な音楽伝送専用プロトコルで、信号伝送時にノイズがほとんどなく、歪みが発生しないそうです。
Roonを再生する場合は、WCoreがRAATの代わりにWNDRプロトコルを活用しますが、これはWNDRがRAATと互換性があるので可能なことです。一方、独自に設計されたネットワークレンダラーは、音質的なメリット以外にも、Webブラウザから設定とアップデート、リモートサポートが可能というメリットもあります。
Eric Clapton – Layla
Eric Clapton Unplugged (Live)
エリック·クラプトンの「Layla」で色々とテストをしました。WAPが32Bit演算を処理すると、24Bit WAPと比べてどのような音質向上効果があるのか、もしWAPをバイパスしてES9038PROチップの内蔵FIRフィルターと違いがあるのか、またWRouterとWNAS3を付けてWAPレベル15に上げるとどのような効果があるのか試してみました。
まず、WDAC3Cで聞いてみると、ステージがとても大きく広がり、後方にストレートに入った中で、会場のアンビエンスが生々しく感じられます。エリック·クラプトンが胸声で歌う姿もよく浮かび上がり、全体的に音がしっかりとしてきめ細やかでした。ギターの音が澄んでいるのも特徴です。
続いて24Bit WAPを使ったWDAC3で聞いてみると、相対的に音の粒子が粗く大きくなり、ステージが狭くなります。エリック·クラプトンが喉だけで歌うことで、彼の胸元よく見えてこない点も大きな違いでした。
続いて、WDAC3CのWAPをバイパスして聴いてみました。ES9038PROチップがデジタル入力信号を直接受けて内蔵FIRフィルターがアップサンプリングを行った音を聞くことになるのです。もちろんWAPのWMLET音域帯チャンネル分離技術も省略されます。
最初の音が出た瞬間、とても驚きました。ステージの上下感が消え、砂を噛むような粗い音の粒子と騒々しさが耳に障ります。オモチャのような音でもあり、とにかくWAPの役割と能力がこれほど大きかったのかと、改めて気づかされました。
続いて、WRouter(WAPレベル3)とWNAS3(WAPレベル3)を導入し、WAPレベル15(WDAC3C レベル9)に引き上げると、アコースティックギターの音がさらに生々しくなり、リズム感が増しました。まるで60インチの4Kテレビを見てから、80インチの8Kテレビを見ているようです。 それだけ色彩感と展望、陰影の区分が良い音に変貌しました。
WDAC3C vs LP
エリック·クラプトン「Lalya」、ダイアナ·クラール「California Dreamin」
おそらくは今回の試聴会のハイライトと言える内容です。まさに同じ曲(エリック·クラプトンの「Layla」)をWDAC3C(Roonやqubuzのストリーミングデジタル音源)とターンテーブル(LPアナログ音源)で聴いてみました。
相手が他でもないLPであるだけに、WDAC3CもWRouterとWNAS3を追加してWAPをレベル15に引き上げています。LP再生には前述のようにダイナベクターのDV-19X5 MKII MCカートリッジを装着したウェルテンパードラボのAmadeus MKIIです。フォノアンプはマッキントッシュMA9000の内蔵フォノアンプを使っています。
- 0:00 WDAC3再生(Layla)
24Bit WAP。WDAC3Cには及ばないが、通常のDACとは明らかな音質の違いがある。 - 0:58 LP再生(Layla)
自然で豊か。倍音やニュアンスなど情報量が多い。ディティールが良く蘇る。 - 1:59 WDAC3 VS LP
LPが遙かに自然で色彩豊かに表現される。対してDACはパサついた感じ。 - 2:59 WDAC3C、LP挑戦!
相手がアナログなだけにWAPを15にレベルアップ
WDAC3C(Layla)
音のぬくもり、鮮やかな輪郭、浮遊感、広大なダイナミックレンジ、バランスの取れた帯域バランス - 4:04 WDAC3C VS LP
WDAC3Cは頭声、中声、胸声ともに再生。アナログの自然さにデジタルの正確性を加味。
まず、情報量ではLPとほとんど差はありませんでした。LPと比較したにもかかわらず、デジタル特有の冷たさが感じられず、音像の輪郭線はむしろLPよりもはっきりして鮮明でした。また、LPではエリック·クラプトンが曖昧な歌でしたが、WDAC3Cでは彼がどの部分で中声と頭声、胸声か明確にわかりました。音色やエネルギー感でもアナログサウンドを脅かすレベルです。
倍音情報が正確に生きているおかげで音に温もりが感じられ、瞬間的なダイナミクスと幅広いダイナミックレンジも目立ちます。音の始まりと終わりの音のグラデーションが明確に表現されている点にも感心しました。
Diana Krall – California Dreamin’
Wallflower
ダイアナ·クラールの2015年のアルバム「Wallflower」に収録された「California Dreamin’」で比較しました。LPで聞いてみると、やはり弦楽器の倍音がよく聞こえ、低域は心地よく沈み込みました。ベンツSクラスに乗っているかのようなリラックス感です。
続いてWDAC3Cで聞いてみると、一音一音が正確で密度感があり、演奏の中でチャンネル分離度がとても高いためオーディオ的快感はLPよりさらに高いようです。
しかしWAPをバイパスして聞くと、低域が十分に落ちないなど、大きな違いを確認しました。音の表面が荒れて乾燥し、決定的にこの曲の悲しい感情が伝わりませんでした。
- 0:00 LP再生 (California Dreamin’)
歌声に訴求力がある。弦楽器の倍音が良く鳴っている。自然で低域が低く沈む。 - 1:40 LP再生の魅力
低域が心地よく深く沈む。ベンツSクラスやマイバッハの乗り心地。 - 1:57 WDAC3 ※WAPバイパス
突き抜けるような音、低域の沈みが足りない、喉から上で歌うよう、荒れて乾燥気味。 - 3:28 WDAC3C、WAPをバイパスした場合
歌声が荒く、感情が伝わらない
弦楽器が細い、低域の低さが足りない - 4:10 WDAC3C、LPに挑戦 (California Dreamin’)
WDAC3C 32Bit、WAPレベル9
倍音とディテールが蘇り、左右の分離度も向上。LPより音楽的に改善。 - 5:54 WDAC3C VS LP
分離度でLPは相手にならない
デジタルの正確さ、アナログの自然さの両立
オーディオ機器としてのスペック
モノコック切削シャーシ、フルバランス、ディスクリートアナログ出力、デュアルトランス電源
WDAC3Cはオーディオ機器としても優れたハードウェアスペックを備えています。
サイズは350x400mmとコンパクトで、背面はアナログ出力のXLR、RCA端子、デジタル入力のAES/EBU、同軸、光、USB-B、ストレージ接続のためのUSB-A、ネットワーク再生のイーサネットポートがレイアウトされてます。外部クロック44.1kHz、48kHz両系統入力のため2つのBNC端子も目を引きます。
シャシーはアルミを各ブロックごとに切り出し、端子とパーツを取り付けています。低共振、低振動、パート別混線防止のための設計です。メインボードとレンダラーボード、ディスプレイボードをそれぞれ別に構成し、各ボードは天板に付けられ床の振動からは自由な設置です。デジタル部とアナログ部に電源供給するデュアルトランスも、別のハウジングに下げられ放射ノイズとEMIノイズを遮断しています。
今後ウェーバーサのバッテリー電源と外部クロックを接続できる点もオーディオ好きとしては魅力的です。
Michael Stern, Kansas City Symphony
Introduction et rondo capriccioso in A Minor, Op. 28, R. 188
Saint-Saens: Symphony No.3 “Organ”
本格的にWDAC3Cで様々なジャンルの音楽を聴きました。ノア·ゲラーがバイオリンを演奏した「サンサーンスの序奏とロンド·カプリチオーソ」を聞くと、音の表面がとても滑らかな点が最も目を引く。DACから、それもネットワークを経て聞く音から、こんなに柔らかでソフトできめ細かい質感が感じられるとは、まったく思ってもみませんでした。小さな音、弱い音がどこにも埋もず、まるで耳が大きく開いたような感覚になりました。バイオリンの高域では、まさに松ヤニが飛び散っているようです。数十回は聞いているこの曲が、こんなにソフトだったのかと思いました。
Miles Davis – Bye Bye Blackbird
Round About Midnight
‘Round About Midnight
実際、トランペットは倍音構造が複雑でオーディオで再生するのが難しいです。マイルズ・デイヴィスの演奏曲は名盤が多いが、デジタル音源では最後まで聞くのが難しい理由です。しかしWDAC3Cで聞いたマイルズ·デイヴィスの「Bye Bye Blackbird」ではトランペットからよく抜け出てきます。トランペットを実際に近くで聴いているようです。音量は大きいが、そのカラッとした音色と演奏者の呼吸が感じられる音にすっかりはまってしまいました。
アルトゥール・グリュミオーの「ヴィターリ・シャコンヌ」を聴いても、バイオリンの曲を思ったように再生できなかったときに感じる、特有の疲労感を全く感じませんでした。倍音が自然に蘇ったからです。LPのように音を軽く押し込める感じも良かったです。
試聴会を終えて
試聴会の感想を書く私も家でESSの9038PROチップが入ったDACを使っています。1年余りこのDACを使って分かったのは、この9038PROチップは何よりダイナミックレンジが広く、SNRも良い点が長所です。よく知られているように、DACチップはアップサンプリングとローパス設計をうまくするほどダイナミックレンジが広がります。以前のモデルである9028PROに比べて大きく拡張されたダイナミックレンジのおかげで、クラシック大編成曲をとても満喫してます。
試聴会で聞いたWDAC3Cは、更に何歩か進んだようです。LPに匹敵する音が出たということ自体がES9038PROを超えるダイナミックレンジを確保した証拠と言えます。もちろん、これはアップサンプリングを含むWAPの元信号推定アルゴリズムがそれだけうまく機能しているおかげでしょう。さらに別途ネットワークプレーヤーなしにLANケーブルを差すだけで、すぐにRoonやUPnP/DLNAを楽しめ、WNDRプロトコルを利用すれば、より静寂な背景の音を得られる点もWDAC3Cの強力な武器です。ネットワークDACがWDAC3Cによって新しい進化の段階に入ったようです。