HiFi Clubのコラムを翻訳掲載
「オーディオ仕様の虚像」を書こうとしたが、順番を少し変更して「倍音(Harmonic Overtone)」について先に説明します。
T.H.D(全高調歪率)、SN比、周波数帯域(Frequency Range)など、数字で表現されるオーディオのスペックの大半を迷宮に落とし込んでいるのが、まさに「倍音」だからです。
ウィキペディアの倍音の説明を見てみましょう。
倍音とは、楽音の音高とされる周波数に対し、2以上の整数倍の周波数を持つ音の成分。1倍の音、すなわち楽音の音高とされる成分を基音と呼ぶ。
弦楽器や管楽器などの音を正弦波(サインウェーブ)成分の集合に分解すると、元の音と同じ高さの波の他に、その倍音が多数(理論的には無限個)現れる。
少し難しい説明です。簡単に言えば、「全ての音は2次、3次、4次…などの倍音が発生する」と考えればいいです。全ての音は倍音を持っており、人の声はもちろん、全ての楽器も固有の倍音を持っています。 ピアノの例では、ピアノは複合倍音楽器です。ピアノのハンマーが弦を叩いて出る音を基音として、その後に発生する音を倍音と言います。下図は、ピアノの低いド(C2)で発生する倍音です。
[ド]の鍵盤を1つ叩くだけでも、これだけ多くの倍音が発生することになります。このように倍音は音楽における最も根本であり、非常に重要なものです。この倍音で私たちが聴く「音色」が作られます。ピアノとバイオリンの音が区別されるのは「倍音」によって作られた「音色(Timbre)」と波形のためです。同じピアノでも、スタインウェイ、ベーゼンドルフ、ヤマハの倍音構造のために、ピアノの音色が微妙に違うように聞こえるのです。
この「倍音」が音楽とオーディオの全てを掌握していると言っても過言ではありません。オーディオでポップ音楽を中心に聞くならば、この倍音はそれほど問題にならない場合もあります。しかし、クラシック音楽を聞くと、この倍音が非常に重要な要素になります。クラシックの楽器(アコースティック楽器)は全て固有の倍音を持っており、この倍音を利用して和音を構成し演奏されるためです。
下図をご覧ください。楽器別の基音と倍音の周波数帯域です。
黒い部分が楽器の基音で、黄色い部分が倍音領域です。倍音領域が短いほど澄んだ音が出て、倍音が多いほど豊かな音色の音がします。楽器ごとの基音と倍音の組み合わせで各楽器固有の音色が鳴り、私たちは美しいハーモニーの音楽を聴きます。
オーディオ機器によって倍音も異なり、音も違う
楽器が倍音によって変わるように、オーディオも機器ごとに異なった音を出します。なぜならば楽器だけが倍音を出すのではなく、オーディオ機器もそれぞれに倍音を作り出すからです。真空管やTRの増幅素子は固有の倍音特性で増幅します。スピーカーもユニットの材質やエンクロージャーの構造によって倍音を作り出します。さらにリスニングルームも倍音を作り出します。
このような倍音が音楽とオーディオに関与する部分は非常に広範囲で、全てと言っても過言ではありません。アンプの倍音特性のために真空管アンプの音色が温かく聞こえるのであり、TRアンプが冷たく聞こえる理由です。いわゆるブリティッシュサウンドとして英国のスピーカーがチェロなど弦楽器の音が温かく明るく出るように作り出すのもスピーカーの倍音特性が加味されたためです。
倍音が多ければ良いという訳でもありません。不必要で過剰な倍音は、オーディオの音のスピードを落とす場合があります。真空管アンプがスピードが遅く、倍音が少ないTRアンプのスピードが速く聞こえる理由でもあります。倍音情報が生きているSN比70dBに過ぎないLPがmSN比110dBを誇るCDに比べて、さらに自然て豊かな(Rich)良い音を聞かせる理由です。
基本的な音色、ダイナミクス、スピード、周波数帯域、サウンドステージなど、様々なところで倍音が重要なキーポイントを握っています。「明るい、暗い、早い、遅い、シルキーな、乾燥した、鋭い、柔らか、息苦しい、開放的、精密、断片的、厚い、薄い、エアリー、密閉的」など、ほとんどの楽器やオーディオの音の評価単語は倍音によって変化するためです。
倍音の追加と削除と歪み
この倍音を完全にありのままを再生するオーディオがあれば最高です。しかし、まだ残念ながらそのように完全なオーディオは存在しません。倍音は非常に微細な信号だからです。基音を1に見ると、2次倍音は約1/81、基音に比べて約0.012%のエネルギーを持ち、4次倍音では1/625(0.0016%)と極めて小さいエネルギーになります(倍音の物理学参照http://fluorf.net/xe/my_words/3833)。
このように倍音はオーディオでは非常に微細な信号です。この微弱な信号はエネルギーが小さすぎて、簡単に消滅したり、歪曲されてしまいます。この倍音エネルギーが生存できるかどうかがオーディオで重要であり、最終的には良いオーディオの条件は、何次の倍音まで再生できるかの能力になります。そのため、レコーディング過程、記録装置の精度、アンプの増幅素子、ノイズ、リスニング環境などによって損失し歪曲されてしまいます。この倍音をいかに損失無く歪ませず再生するかがカギです。
倍音の歪み、追加、削除
分かりやすく上図を描ました。通常の倍音はオーディオの信号の増幅をし、図のように歪み、追加、削除が発生します。ノイズなどによって「倍音の歪み」が発生する可能性があり、CDやMP3の問題は「倍音が無くなる」という問題になり、アンプの増幅などで、元々は無かった「倍音の追加」が起きる場合があります。全てのオーディオシステムで、このように1つではない問題が「歪曲」、「追加」、「削除」が複合的に発生していると考えられます。
オーディオシステムと倍音
オーディオシステムで倍音が問題になる部分を段階別に考えてみましょう。大きく、ソース、アンプ、スピーカー、ケーブル、アクセサリー、そしてリスニングルームと、倍音は変化し、全ての部分で問題になる恐れがあります。アンプのT.H.Dが0.01%というのは0.01%より小さな信号の倍音情報は歪曲されるということです。(これについてもオーディオ仕様の虚像-T.H.D編で説明する予定です)
スピーカーの2次倍音がもともと音楽になかった豊富なハーモニーを作り出し、強力なインパクトのドラムの音を緩くしてしまうことがあります。
音源のソース(LP、テープ、CD、MP3など)はレコーディングで記録された倍音情報をどれだけ正確に多量の情報を保持しているかがカギです。もとより、最も多くの倍音情報をそのまま保存しているのはレコーディング元のマスターテープのはずで、一般の人たちが接することのできる媒体の中ではLPが最も多い倍音情報を持っています。
ソース機器がソースの倍音情報をいかにそのまま再生するかがカギです。CDやネットワークプレーヤーとノイズに起因する倍音情報の削除や歪みについて調べてみましょう。
CDとネットワークプレーヤーのノイズ除去での音質比較
CDと、ノイズを除去したネットワークプレーヤーの音質を比較してみます。音質的に高周波ノイズを除去したNetwork Playerの音質がはるかに良いです。音質の違いを文章で聞いてもらう事はできませんので、スマートフォンアプリを使って簡易的にスペクトルグラフを作りました。精密な録音機器ではなくスマートフォンで測定しても、明確な違いが分かります。機会があれば精密測定機器を使って、もう一度倍音を測定してみます。
CDとネットワークプレーヤー(ノイズ除去)の音質の差スペクトル分析。
CDの方が確実に情報量が不足している事が確認できます。
ロッシーニの涙の導入部分を録音して測定したものです。上図のスペクトルを見ると、明らかにCDの情報が不足しているのが分かります。音質的にもCDが倍音情報が少ないことが明らかです。スペクトルからもCDはノイズを除去したNetwork Playerと比べて、確実に情報量が少ないことが分かり、基音部分のデータもかなり違いますが、倍音部分の情報が格段に減っているのが見て分かります。上部の青い部分は倍音と残響やアンビエンスがある部分です。その部分の情報量のもかなり違います。CDは現場感が落ちる理由です。
もう1つのグラフでも比較してみます。ノイズのないNetwork Player(Roon)と、一般的なNetwork Player(DLNA)プレーヤーです。音質的に一般的なDLNA方式のNetwork PlayerはNASやルーター、ハブで発生したノイズによって基音が薄くなり、倍音部分が歪曲され、非常に固く鋭い音になります。その部分を同一条件で測定してみました。
Network Playerのノイズの有無に変わる音のスペクトル分析データ。
ノイズによって倍音領域が変わることが確認できます。
ノイズを除去したNetwork Playerよりも情報量が多く見えるが、これは実際の楽器の倍音ではなく、高周波ノイズであることが音質で確認できます。特に中高音部の倍音部分がネットワークプレーヤーでは特に強い音があり、その部分がノイズによって歪む部分だと考えられます。それでネットワークプレーヤーではマイクロダイナミックスがよく表現されず、それによって音楽の詳細な高低、強弱の表現がされず、フラットでシャープになるようです。
CD Playerの省略、ネットワークプレーヤーの歪み
確認してみると、16bit/44.1kHzのフォーマットはさほど問題ではありません。CDトランスポート側の方が問題です。同じ音源をネットワークプレーヤー(ハードディスク)で再生してみると、確かに解像力や倍音情報がたくさんあります。しかしネットワークプレーヤーは、コンピューターやネットワーク機器の高周波ノイズによって倍音情報が歪んでしまいます。つまりCDは倍音情報を失ってしまい、ネットワークプレーヤーは倍音情報を歪曲させてしまうという結論になります。ネットワーク上のノイズを除去すれば、倍音情報などは消えず、正確な信号が入るということがスペクトルグラフから分かります。
ノイズを除去したネットワークプレーヤーがデジタルソースのフォーマットとしては最も正確な倍音情報を再生してくれ、最も優れた音質を聞かせるという結論に達しました。これに基づいて比較して、CDの倍音の省略と、既存のネットワークプレーヤーの倍音歪みを把握できました。
リスニングルーム
リスニングルームや録音場所も非常に重要です。BBCで放送されたドキュメンタリーを見ると、中世に建てられた聖堂では音楽の基本的な音程から計算されて建築されています。信徒席の縦横の柱の間隔=2:1、祭壇:信徒席=8:5(長6度)や3:2(完全5度)、4:(完全4度)、5:4(短3度)の音楽音程比でによって大聖堂を建築しました。おそらくはこの聖堂で聴くコーラスは本当に美しい音がすることでしょう。
3部作構成のBBCドキュメンタリーをNetflixで「CODE」と検索できます。
数学的に音楽の原理を説明し、倍音と騒音を区別するなど、この世界の全ての理を「数学」で解明するとても面白く有益なプログラムです。
更なる倍音の要素
その他にも、オーディオの倍音は様々な条件や要素との戦いです。スピーカーウーファーの逆起電力がツイーターに伝わると、倍音情報は歪曲されたり消えてしまうこともあるでしょう。パワーアンプ大容量トランスフォーマーの振動が非常に小さい信号を処理するプリアンプ回路に伝わり、微細な倍音情報を歪曲させてしまうことがあります。ソース機器のモーターで発生したノイズやコンピューターノイズによって倍音情報は損失し歪曲され、音は硬く荒れた平坦になってしまいます。
良い音質のために様々なオーディオチューニングを行います。電気ノイズを除去するために、シールドトランスを使い、オーディオラックとアンプ台を変え、ケーブル、電源コード、ルームチューニング材、スパイク台など、様々なチューニングを試みます。何を変えてもオーディオの音は変わります。サウンドが柔らかくなったり、クリアーになったり、中域が分厚くなったり、低域が固くなったり、多様に変化します。これも倍音領域の部分が変化するためです。振動を抑制して揺れた高域が向上するのは、基音が変わらなくても、消えたり歪曲された倍音付加が正しく出て音が豊かに自然になるためです。
オーディオの仕様を盲信し、メーカーなどが提示するスペックが良いオーディオ機器が良いと鵜呑みにするのは非常に危険です。それなら人間の可聴周波数帯域外の無駄な音を無くし、ファイル容量を大幅に減らしたMP3でもクラシック音楽の実演の感動をそのまま感じられなければなりません。しかしMP3にはクラシック音楽の倍音情報の大半が失われています。相対的にエネルギーが大きい倍音の一部分のみが入っているだけで、無限大の次数で発生する倍音情報はほとんど入ってないと考えられます。そのためMP3で聴くクラシック音楽は単純でつまらない音楽になってしまいます。
倍音、残響、アンビエンス、そしてマイクロダイナミクス
倍音、残響、アンビエンス、マイクロダイナミクスなどは、音楽に存在する非常に重要な要素であり、特にクラシック音楽では音楽的ニュアンスを活かす中心です。倍音は楽器で発生する音であり、残響は壁で反射される反射音であり、アンビエンスは私たちが会場で感じる雰囲気です。
この要素の共通点は、極めて小さな信号だということです。しかし他にもあります。倍音は演奏時に発生する音とレコーディング時にのみ録音される音であり、残響とアンビエンスはミキシング、マスタリングで追加できるという違いがあると言えるでしょう。さらにアンビエンスはAVプロセッサーにある音場モードなどで追加もできます。公演ライブ映像(DVDやブルーレイ)を見ると、CDよりも多く響きがあるように聞こえます。臨場感を増すためにリバーブ(残響効果)とアンビエンス効果を追加したからでしょう。しかしこれは実際の楽器の倍音とは関係の無い、ただディレイタイムの残響効果を加工しただけです。
このように倍音はハイファイオーディオと音楽に非常に重要な要素であり、この倍音の再生がどうかがオーディオサウンドで最も重要です。純粋な原音再生を目指すハイファイオーディオでは、レコーディング現場でそのまま録音された音楽の音と倍音、残響などがそのまま保存されて再現されなければなりません。 単に音色、好みだけでオーディオの音を評価するよりも、倍音の原理と役割を知って消滅や歪曲の無い、ありのままの倍音再生が完成度の高いサウンドを作り上げることができるキーファクターであると言えるでしょう。